デジタル円で「得する人」と「損する人」── プライバシー・災害・格差、5つの論点を掘り下げる
2026年6月24日(木)| サラリーマン投資家のブログ
ここまで3回にわたって、デジタル円の「仕組み」と「誰が作っているか」を見てきました。第4回では視点をがらりと変えて、「もしデジタル円が普及したら、私たちの暮らしはどう変わるのか」を考えてみます。
良いことばかりが語られがちですが、ここはこのブログの差別化ポイントです。あえて「影の部分」にもしっかり光を当てていきますね。
得する人①──国際送金を使う個人
まず分かりやすく恩恵を受けるのは、海外への送金を日常的に使っている人です。
日本銀行のデータによると、従来の国際銀行送金(SWIFT経由)で200ドル(約3万円)を送る場合、2013〜2019年の平均で送金額の17.5%、つまり約5,200円の手数料がかかっていました。しかも着金まで3〜5営業日かかることも珍しくありません。
ステーブルコインなら、JPYC社の構想では「手数料1円以下、最短数秒で世界中に送金完了」。仮にこれが実現すれば、毎月仕送りをしている家庭は年間で6万円以上の節約になる計算です。
特に恩恵が大きいのは、日本で働く外国人労働者です。2025年時点で日本の外国人労働者は200万人を超えていて、多くの人が毎月母国の家族にお金を送っています。「給料の数%が手数料で消える」という現実が変わる可能性があるんですね。留学中の子どもに仕送りする家庭も同様です。
得する人②──企業のグローバル展開
企業にとっても、海外拠点との資金のやり取りが速く・安くなるのは大きなメリットです。第2回で触れた三菱商事は国内外240社以上の拠点を持っていて、日常的に拠点間送金が発生します。従来の銀行間決済では数日かかっていたものが、ステーブルコインなら数秒。しかも24時間365日、銀行の営業日を待たずに送金できます。
中小企業にとっても恩恵がありえます。海外の仕入先への支払いや、越境ECの決済で、高い手数料と長い待ち時間がハードルになっていた企業は少なくありません。ステーブルコインが普及すれば、そのハードルが下がって、中小企業の海外展開がしやすくなる可能性があります。
得する人③──加盟店(手数料負担の軽減)
あまり注目されていませんが、店舗側のメリットも見逃せません。クレジットカードの加盟店手数料は一般的に3〜5%程度。月商500万円の飲食店なら、年間で180万〜300万円がカード会社に払う手数料になります。
ステーブルコイン決済の手数料がこれより大幅に安ければ(現時点の構想では1%未満が目標とされています)、加盟店の利益率が改善します。アメリカではすでにShopifyとCoinbaseの連携で、ステーブルコイン決済の加盟店にキャッシュバックキャンペーンが実施されるなど、「カードからの乗り換え」を促す動きが出ているんです。
損する人──手数料で稼いでいた人たち
一方で、送金手数料を収入源にしてきたビジネスモデルには、構造的な逆風が吹きます。
銀行の振込手数料、国際送金の中継手数料、クレジットカードの加盟店手数料、さらに為替手数料──これらが「限りなくゼロに近づく」世界は、既存の金融機関にとっては収益構造の転換を迫られる話です。
世界最大手のクレジットカードブランドであるVISAやMastercardも、ステーブルコインの急成長に危機感を持っていて、自社でもステーブルコインへの対応を進め始めています。「対抗する」んじゃなくて「取り込む」方向ですね。
日本の3メガバンクが自らステーブルコインを発行しようとしているのも、同じ文脈で理解できます。「やられる側」じゃなく「やる側」に回ることで、新しい手数料モデルや付加価値サービスへの転換を図っているわけです。銀行にとってステーブルコインは「脅威」であると同時に「チャンス」でもある、というのが実態に近いと思います。
論点①:プライバシー ── 「お金の動きが全部見える」時代のリスク
ここからは、あまり語られない「影の部分」を掘り下げていきます。
現金には「匿名性」があります。1,000円札でコンビニのおにぎりを買っても、誰が何を買ったか記録に残りません。お金を手渡しすれば、その取引を第三者が知る方法はないんです。
でもデジタル通貨は違います。ブロックチェーン上の取引は、誰が、いつ、どこで、何に、いくら使ったかが記録として残ります。
これは不正送金やマネーロンダリング(資金洗浄)を防ぐ上ではメリットです。犯罪者がお金を「洗う」ことが難しくなって、テロ資金の流れを追跡しやすくなる。実際、アメリカ財務省はステーブルコインが「従来の現金よりも金融活動の監視を容易にする」とポジティブに評価しています。
しかし裏を返せば、「政府や企業が個人のお金の使い方をすべて把握できる」ということでもあるんですよね。
中国のデジタル人民元は、すでに一部の地域で運用が始まっていますが、政府が国民の消費行動を追跡できることへの国際的な懸念が繰り返し指摘されています。アメリカがCBDCを禁止した理由の一つも、「政府がデジタル通貨で国民を監視するリスク」でした。
日本のCBDCフォーラムでもプライバシーは重要な議論テーマですが、「どの程度の匿名性を確保するか」について明確な結論は出ていません。「少額決済は匿名で、高額取引は本人確認を必要とする」といった段階的なアプローチが検討される可能性はありますが、あくまで今後の議論次第、というのが正直な現状です。
論点②:デジタル弱者の排除 ── スマホが使えない人はどうなる?
デジタル円はスマホやカード型のデバイスで使う想定です。でも日本には、高齢者を中心に「スマホを持っていない」「持っていても使いこなせない」人がたくさんいます。総務省のデータでは、70歳以上のスマートフォン保有率は65%前後で、約3人に1人はスマホを持っていません。
もしデジタル円の普及とともに現金が使える場所が減っていったら、デジタル機器が苦手な人たちは「お金が使えない」状況に追い込まれかねません。すでにキャッシュレス専用の店舗が都市部では増え始めていますが、「デジタル円しか使えない」場所が増えたら、影響はもっと深刻になりますよね。
日銀は「現金をなくすつもりはない」と繰り返し表明しています。CBDCはあくまで「選択肢を増やす」ものであって、現金の代替ではないという立場です。ただ、民間主導でキャッシュレス化が進む中で「事実上、現金が使いにくい」場面が増えているのは、否定できない事実だと思います。
論点③:災害時・停電時 ── 電気がないと使えない
日本は地震、台風、豪雨など自然災害が多い国です。停電が起きたら、デジタル通貨は使えなくなります。
2018年の北海道胆振東部地震では、北海道全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生して、クレジットカードや電子マネーが一切使えなくなりました。ATMも動かず、結局「現金を持っている人だけが買い物できた」という経験が広く報じられました。
日銀のCBDCフォーラムでも「オフライン決済」(ネットや電気につながっていなくても使える機能)は最重要テーマの一つとして議論されています。ただ、これは技術的にかなり難しい課題なんです。
なぜかというと、デジタル通貨は「この口座にいくらある」という情報をサーバー(中央のコンピュータ)で管理しています。ネットにつながっていない状態では、その残高情報にアクセスできないので、「本当にこの人が払えるか」を確認する手段がない。二重支払い(同じお金を2回使ってしまう)を防ぐのも困難です。報告書でも「完全なオフライン対応の実現にはまだ距離がある」とされています。
災害が多い日本で「停電時に使えないデジタル通貨」が普及して、同時に現金が使える場所が減っていく──このシナリオは、生活インフラとしてはかなり大きなリスクだと思います。
論点④:格差 ── 「デジタルの恩恵」は誰に届くのか
国際送金手数料が安くなるのは素晴らしいことです。でも、そもそも「ステーブルコインの口座を開設して、ウォレット(デジタルのお財布アプリ)を使いこなし、送金操作ができる人」と「できない人」の間に、新しい格差が生まれる可能性があるんですよね。
「金融包摂」(きんゆうほうせつ)という言葉があります。すべての人が基本的な金融サービスにアクセスできる状態を指す考え方です。ステーブルコインは「銀行口座がなくてもお金を送れる」という意味では金融包摂を進める力を持っていますが、デジタルリテラシーが新たなハードルになるとすれば、別の形の排除が生まれることになります。
便利な仕組みができても、使える人と使えない人が分かれてしまったら、それは本当に社会全体にとって良い変化と言えるのか? この問い、技術の進歩を語るときにいつも忘れてはいけないことだと思っています。
論点⑤:税務・会計処理の複雑さ ── 確定申告はどうなる?
あまり話題になりませんが、実務的に大きな論点がもう一つあります。税金の扱いです。
現行の税制では、ステーブルコインの「レンディング」(貸し出し)で得た収益は「雑所得」として総合課税の対象になります。株式の配当や売却益が分離課税(一律20.315%)なのに対して、雑所得は給料と合算されるので、所得が多い人ほど税率が高くなります(最大で約55%)。
また、ステーブルコインで海外に送金した場合の為替差益の扱いや、企業がステーブルコインを保有した場合の時価評価など、まだルールが明確でない部分も多いんです。ステーブルコインが普及するほど、「確定申告がさらに複雑になる」可能性があります。
📌 まとめ:デジタル円は国際送金コスト削減・企業の決済効率化・加盟店の手数料負担軽減など大きなメリットがあります。一方で、プライバシー(お金の動きが記録される)、デジタル弱者の排除、災害時の脆弱性、新たな格差の発生、税務処理の複雑化という5つの「影」も持っています。技術だけでなく、「どんな社会を作りたいか」「誰を取り残さないか」という視点が問われていると思います。
最終回・第5回では、ここまでの内容を踏まえて「投資家として何を見るべきか」を整理します。恩恵を受けるセクター、打撃を受けるセクター、そして楽観・中立・悲観の3シナリオで今後の展開を考えていきますね。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資行動を推奨するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任で行ってください。


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